事務局通信・別冊

文学作品展示即売会「文学フリマ」の事務局代表・望月の日記です。こちらは個人的な話題メインで書き連ねていきます。

若き批評家二人の“PIECES OF A DREAM”~『ビジュアルノベルの星霜圏』について

f:id:jugoya:20120115004732g:plain

ビジュアルノベルの星霜圏』は昨年末のコミックマーケット81で初売りとなった同人批評誌で、主として坂上秋成さんと村上裕一さんという、共に一九八四年生まれの批評家ふたりが中心となって製作されています。坂上さんと村上さんはかの「東浩紀のゼロアカ道場」の参加者(そして村上さんはその優勝者)であり、いわば批評家としても“同期”と言ってよい二人です。*1
 まず個人的にはこの本の初売りの舞台が文学フリマではなくコミックマーケットであったことには嫉妬のような感情を禁じ得ません。ただし、現状の文学フリマの規模がこの本の持つ訴求力に見合わないことは明らかなので、致し方ないこととは思います(もちろん私自身、コミケでこれを購入しています)。
 しかしそれ以上に、私にとってこれはとても「嬉しい」本なのです。ゼロアカ道場で競い合った二人が、互いの力を注ぎ込みこれほど素晴らしい同人誌を作り上げるとは! あの批評家育成コンペ企画にささやかながら関わった自分としては、そのことがなにより嬉しい。

 さて、本書の目次についてはこちらをご参照いただくとして、まずインタビュー記事も批評も非常に心得たメンバーを揃えているのが目を惹きます。批評同人誌は「アレが足りない、コレを見逃している」式の非生産的な批判にさらされることが異常に多いのですが、これは好事家も納得といった人選でしょう。インタビューの内容についてもかなり重要な発言を多く引き出しており、読み応えがあります。特に奈須きのこ氏(と武内崇氏)の「作り手とユーザーの時間の共有」の話題は興味深いものでした。
 ビジュアルノベル(美少女ゲーム)の消費者であれば、まず読んで損はない本です。

 もちろん気になる点もあります。まず、本書は明らかに東浩紀さんが二〇〇四年に刊行した批評同人誌『美少女ゲームの臨界点』を踏まえたものです。内容だけではなく、版型などデザイン的な部分も含め、ほとんど『美少女ゲームの臨界点』第二弾といった風情です。にも関わらず本書の中では『美少女ゲームの臨界点』についてはほとんど触れられていません。これはフェアじゃない、と思います。
 手前味噌ですが、『これからの「文学フリマ」の話をしよう~文学フリマ10周年記念文集~』に収録された座談会の中で、藤田直哉さんは以下のように発言しています。

東さんの『美少女ゲームの臨界点』は事件だったわけです。~(中略)~事件なりを起こすという覚悟ですよ。東大博士号で「批評空間」出身でAERAの表紙を飾った人間が、当時エロゲーを批評したらそれは社会的な自殺だったかもしれない。失敗していたら本当に社会的に消えていたかも知れない。

ビジュアルノベルの星霜圏』は、東さんがそんな覚悟を持って進んだ道にできた轍を屈託なく疾走している。そんな風に思えてしまうのです。
 また同じく『これからの「文学フリマ」の話をしよう』の中のインタビューで、東浩紀さんその人がゼロアカ道場以降の同人批評誌の姿勢について「インタビューや対談に頼り切っている」と苦言を呈しています。この発言に本書はそっくり当てはまってしまうとも言えるでしょう。
 ただし、この本からは坂上・村上両氏の「ビジュアルノベルについて、とにかく何かを形にしなければ前へ進めない!」という強い気持ちが感じ取れます。おそらくはそういった批判は承知の上で、それでも自分たちのビジュアルノベルに対する情熱にケリをつける必要があったのでしょう。その意味では、坂上・村上両氏の“覚悟”は充分に伝わってきます。

 そして、「ビジュアルノベルの星霜圏」は東さんがやろうとしてもできなかったことをひとつ為しえています。それは二人の共同編集によって切磋琢磨し作品を作り上げる、ということです。「新現実」「ギートステイト」など東さんの共同プロジェクトの多くは諸般の事情により頓挫したり方針転換をしています。おそらく実を結んだのは桜坂洋さんとの共作『キャラクターズ』くらいではないでしょうか。それに比べ、坂上さんと村上さんは難しいことを軽やかにやり遂げました。

ビジュアルノベルの星霜圏」が出たことで、私の中での「ゼロアカ道場」に対する評価も変わりました。「ゼロアカ道場」は当初からオーディション番組『ASAYAN』に例えられることが多かったのですが、それを踏まえて言えば、「ゼロアカ道場」は村上裕一というソロアーティストを世に送り出したのではなく、坂上・村上というデュオを、“批評界のCHEMISTRY”を生み出すことに成功したのです。
ビジュアルノベルの星霜圏」はそんな二人のファーストシングル、「PIECES OF A DREAM」だったわけです。本書に集められた「ハンパな夢のひとカケラ」が彼らの未来にとって道しるべとなるのか、それとも呪いのようなものになるのか、それはまだわかりません。

 私は彼らが切り開いていくであろう批評の地平に期待しています。